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第四章

― 2 ―



 
「………………………ええっとぉぉ…………。
 どうしようか?」



 最初に言葉を発することが出来たのは、司であった。


「どうしようもねぇだろう。ここで救助を待つだけだ」


 水に濡れた前髪をうっとうしそうにかき上げた直人は、「玄武の像」の周りを囲むように置いてある椅子にドカリと座り込んだ。
 ポケンとシャッターの側に立ったままのメンバーに一目をくれると、
「そんなとこに突っ立ってねぇで、座れよ。もうここまで濡れたら床に座ろうが、椅子に座ろうが同じだろう」
「すっぱりと割り切れるのは、あなたくらいの者ではないですか?」
 直人の物言いに苦笑を浮かべながらも、それに倣うように鷹辻も椅子へと腰掛けた。
 確かにもう頭から全身ずぶ濡れで、その上なおかつまだ水は降り注いでいる。
 これではどこにいたって、濡れ続けることだろう。優もそれを悟ったのか、苦笑に近いため息をついた。
「まあ、立っているよりは座っていたいよね」
「確かにな。あ、結、これ使え」
「え?」
 ばさり、と掛けられたのは司の黒のジャケットだった。
「それ頭にかぶっときゃ、……まぁ今よりはましだろ」
「だ、だめだよ! 司が風邪引いちゃうってば!」
「結のほうが引きやすいだろ。だから被ってろって」
 ジャケットで押し問答を始めた司と結に、椅子すわり組みは微笑ましい笑みを送った。
「んなとこで夫婦漫才はじめるなっての!」
「というより、バカップルですよ。気にしないでください、いつもこうなんで」
「お二人とも、仲がよろしいんですね」
 素晴らしい言われ方に、司と結は思いっきり固まった。
「「だ、だれが夫婦で! バカ………っっっ!!!」」
 そろっていた文句が途切れた。二人の視線が天井に注がれる。
 “陰”としか形容しがたいものが、三人の座る椅子の上、「玄武の像」の頭上で這い回るように回転していたのだ。
 思わず言葉をなくし、それを見つめる二人。
 すると、陰が狙いを定めたように「玄武の像」へと吸い込まれていった!
 途端に駆け巡る、寒気にも似た緊張感!



「あぶねぇ!」
「そこから離れて!!」



「なんですか?」
「あぶない?」
「ってなにが?」


 二人が見つめる先を見るように、振り返ると……何故か「玄武の像」と目が合った。
 いや、片方は銅像なのである。目があったとしても、気のせいであろう。そう思いたかった。
 だが、現実は「像」のほうが、自分たちに視線を向けていた。動くはずの無い瞳孔がこちらをしっかりと捉えている。
 そして、その目に浮かぶのは………殺意だった。
「……うわ」
「やべぇ!!」



 グォォォォォォォン!!



 三人が腰を上げたとたん、物凄い重低音と共に、「像」の、いや「玄武」の左腕が振り下ろされた!
「うを!」
「おっと!」
 間一髪で交わす三人。空ぶった腕はそのまま椅子へとぶち当たる。勢いのまま木屑と化す椅子。もし当たっていれば直人たちがこうなっていただろう。
「あ、っぶねぇ……」
「何事なんですか?!」
「わ、わかんねぇ。なんか影みたいなもんが、像ん中に吸い込まれていって」
「影って、あの地面に映る影のこと?」
 いぶかしげな顔をされるが、他に言い様がない。結も司に同意した。
「私も見た! そのとたんに、目とかが動き出したの!」
 何とかシャッターまで逃げ込むが、やはり退路は絶たれている。
 直人が持ち上げようとするがビクともしない。
「くそ、このシャッター開かねぇのかよ!! おい、司! お前も手伝え!」
「おう! って何で呼び捨てなんだよ」
「細かいこと気にしてるな! いいから早く!」
「僕も手伝いますよ」
「結ちゃんは、あいつを見ていて」
「うん」
 優に言われ、結は司のジャケットを握り締めたまま、コクリと頷いた。「あいつ」――玄武を警戒するように見つめる。
 けれど、その瞳にはしっかりと怯えの色を漂わせていた。
(やばいな、結のやつ)
 これ以上怖い目にはあわせたくは無い。司は改めてシャッターへと向き合った。
 せぇの! と掛け声を掛けながら持ち上げようとするが、シャッターはしっかりと密閉されているようでビクともしない。体当たりをしても同じである。
「ち、4人でやっても無駄かよ」
 直人が舌打ちをかますが、それもこのシャッターの前では無意味だ。
 優が近くにある制御装置をいじくろうとするが、コネクトの線を見つめ、首をふった。
「ダメだ。アクセスできる機械もない」
「クソ! なんとか他に逃げる道は……」
 司がそこから離れてあたりを見渡した途端!


「伏せて!」


 結の声に、反射的に頭をたれる。
 その上を青銅色が掠めていった。



 ドゴン



 目の前のシャッターに尻尾の杭が打ち込まれる。
 四人がかりでも動かなかったシャッターが、メリメリと音を立ててひしゃげていく。
 結をかばいながら、四人はその場から離れた。
「なんちゅう馬鹿力!」
「いや、司。亀だから亀力じゃない?」
「コントやってる暇があったら、どきやがれ!」
 直人の叫びに…………。



 ゴズン
 


 床に叩きつけられる尻尾の音が重なった。
 勢いで生まれた風が顔をなぶる。とうぜん床には穴が開くほどめりこんでいる。
「あ、あぶねぇ」
「ゆったりしない! 次!」
 優の声と後ろに飛び去るのはほぼ同時だった。今度は司が立っていた部分がへこんだ。
「矢崎くん、大丈夫ですか?!」
「司!」
「あたってねぇから、大丈夫だ!」
 鷹辻と結の声に返事をすると、ちろり、と「玄武」が肩越しに睨んできた。
 亀のクセに猛禽類の視線を投げかけてくる。ついでに小馬鹿にしたような。
 まるで、今のはわざと当てなかった、と言わんばかりで……。
 背筋がぞっとするのと同じくして、腹が立ってきた。
「っのやろう!」
 司が先程木屑と化した椅子の一部を握り、背中を見せる「玄武」に叩きつける。
 が。
 


 ゴン

 

 硬い音が響くだけで、欠けも割れもしない。しかも
「やべ……手がしびれた……」
 硬い金属を力一杯叩いたせいで、じんとこちらにダメージが響いてくる。
 だが、司の災難はそれでは終わらなかった。



「司! 危ない!」
「え?!」



 結の声、と思った瞬間に腹部に強い痛みが生じた。
 グン、と重力が掛かったように、そのまま後方へと吹き飛ばされる。
 背中にガラスの割れる音を立てながら、司はその場に倒れこんだ。



「……………………つ、つかさぁぁぁ!!」





2004.12.24

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